
昼休みを終えてデスクに戻ると、午前中お断りしたはずのマドレーヌが、キーボードの上にお供えしてあった。
 本当に勘弁してほしい。
 こんなもの食べてしまうと、また調子に乗っていろいろ食べて、TOMOさんに怒られることになる。
 とりあえず視界から消すために、パソコンの後ろに追いやった。ああ、なんて美味しそうなの。本当勘弁して。
 「えーーー。食べないの?美味しいのに。」
 隣の席に戻ってきた同僚の佐々木加奈子が、目ざとく見つける。
 佐々木加奈子はものすごく痩せていて、それをひけらかしているが、もう40を越したため徐々に老け始め、痩せているのでたまに老婆のように見えるときがある。
 時々いすに座るとお尻が痛いと主張している。
 「トレーナーに怒られるからさ。食べる?」
 「いいの?わーい」
 マドレーヌを引き取ってもらえた。安堵とともに少しの寂しさが湧いた。なんてさもしいのか私は。
 「でもさ、アヤちゃんめっちゃ痩せたよね。もう全然オッケーじゃん。」
 なにに対してなにがオッケーなのか。お前にオッケー出されてそれが何の免罪符になるのか。
 そもそもお前にオッケーオッケー言われてつい食ってしまったのが原因でこの間怒られたんだよ。
 「まだまだ軽肥満だし。体重」
 確かに元が太りすぎていたため、痩せたと調子に乗ってしまったのも事実だが、やはり結婚式のときからいうとまだ15kgは太っているのだった。
 夫も子供もなにも言わないで置いてくれているが、それが原因で太ったようなものだ。
 「万年筆ってさ、使ったことある?」
 佐々木加奈子は突然話題を変えた。この人はすごい速さで話題を変えたり、また持ち出したりするため、割と疲れる。
 「中学くらいのとき、書写の授業で使わなかった?」
 やたらと長くて、しりの細い、ペンケースに収まらない大きさの万年筆のようなものを使った気がするが、数回のものだった。
 「ああ、ああいうダサいやつじゃなくてさ。かわいいやつほしいんだよね。」
 この人、メモを取らずに度々やらかす癖に、万年筆なんか持っても書くのか??
 「そういえば、私が教えてもらってるトレーナーさん、超マッチョなのに万年筆持ってたよ。使わせてもらったけど、すごく書きやすかった。」
 「へえ!そうなんだ!案外いるんだな。万年筆持ってる人。ね。見てみて。」
 佐々木加奈子のパソコンの画面には、仕事中だというのに、ペンのメーカーのHPが映し出された。
 海外のメーカーらしく、アクセサリーのように綺麗なものもある。
 「あ、それかわいい」
 目に留まったのは、パールとピンクゴールドでできた万年筆だった。
 「かわいいよね。35,000円だって。」
 「35,000円!?うわーーー。オーブンレンジ買えるじゃん!」
 子供が生まれてから、自分のためにお金を使うことはあまりなくなった。字を書くことなら100均のボールペンで事足りるのに、なぜわざわざ35000円・・・・。
 次のボーナスでは、オーブンレンジを買い換えようと思っていたため、とても余裕はない。
 佐々木加奈子は独身でしかも実家から通っているため、万年筆の一本や二本買えるだろう。
 「あーでもほんと、これかわいいな」
 「何でまた急に万年筆なの?」
 「うーん。いろいろね、なんかスマホばっかり握りしめてるのみっともないなあと思って。」
 ぎくっとした。一昨日夫に食事中にスマホをいじるなと注意されたばかりだった。
 スマホのことを言われると急に後ろめたい気持ちになってくる。

 
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
  
  
  
  

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